"

2009-06-11 19:44
「きわめて短時間にそこそこの成果を上げる人間」の取説とその弱点

「きわめて短時間にそこそこの成果を上げる」ことを得意とするタイプの人がいる。


ギリギリまで何もしないで、期限が迫ってから取りかかるくせに、最終的な成果物を見ると平均以上のクオリティを保っている。

難問に対して絶対的な解答をもたらすことはできないが、落としどころを見つけることに長けている。

他人から見れば「どう考えればそうなるのかわからない」思考プロセスを辿って、それでもまともな形で結果を出すことが出来る。

また、思考に小回りがきくため、急な状況の変化に難なく対応できる。

「きわめて短時間にそこそこの成果を上げる人間」の特徴


このタイプの人間には幾つかの特徴がある。


まず彼らは目的からスタートする。ひとたび目標を設定すると、それに向かって誘導ミサイルのごとく突撃する。

目に見える成果をイメージし、その実現に必要なリソースを自分の経験や他人の能力、そして環境の中から素早く探し出して投入し、カオスな資源を驚くほど見事に”形”に整える。


また彼らは往々にして、多才で人脈が広い。いくつもの世界に所属し、何足わらじを履いているのかわからない。

いくつもの世界を渡り歩く彼らは、ほぼ例外なく、浸食不可能な固有の世界を持っている。そうでなければ多種多様な世界を渡り歩くうちにそのうちの一つにトラップされ、「この世界こそ俺の生きる道」と断言しそこに骨を埋めてしまうに違いないからだ。

どんな価値観をぶつけられようとも揺るがないのは、自身の世界をフィルターとして各世界を眺め、それぞれの世界の限界をなんとなく理解してしまうからだ。すなわち彼らは、「本当に頼れるのは自分のみ」ということに、本能的に気が付いているタイプなのである。

ひとつ、重要なことがある。


もしあなたの知る誰かが「短時間にそこそこの成果を上げる」人間に見えていたとしたら、それは一面的な、一つの世界からの視点に過ぎないかもしれない、という点だ。彼らの眼から見た世界は全く異なる色をしているかもしれない。

他人から見ると無関係に見えるすべてのものごとは、彼らの脳内では一続きの成長プロセスに組み込まれ、統合され、経験を消化した後に他の世界へと応用される。そして、ここに彼らのパフォーマンスの秘密がある。

繰り返しによって、彼らの能力はくるくると螺旋を描きながらじわじわと上昇しているのだ。

したがって、彼らに「謎な人」というレッテルを貼らせる原因となる、いつの間にか能力が向上していたり、有用な人脈が広がっていたり、思考が洗練されていたり、いともたやすく別の価値観を取り込んだり…という現象は、何のことはない、他の世界で得てきたものを使っているだけのことだ。

くるくる回って進む螺旋において、ある世界を去り、次回その座標に到達する時、世界の中にいる人からは連続的な時間に感じられても、螺旋の上を進む人にとっては一周ぐるりと”回ってきた”後なのである。

このことは、意識的に所属する世界の枠を超え、その人個人にフォーカスしない限り、理解することは出来ない。

「きわめて短時間にそこそこの成果を上げる人間」の取扱説明書

まず、彼らは”何ではない”か。


彼らは、コツコツと同じテーマに取り組み、その結果としてブレイクスルーを起こす遅咲きタイプではない。

「この短期間でここまでできるのなら、もっと時間を与えてやればさらにすばらしい成果を出すに違いない」と思ったら大間違いである。

彼らのモチベーション/能力というものは、デッドラインから逆算した「発動ライン」を超えた瞬間から指数関数的に上昇する。HPゲージが赤色に変わってから本領を発揮する。それまでに費やされた時間は振り返ってみると誤差のようなもので、時間を与えれば与えるほど無駄になる。

この「発動ライン」はいわば本能的に備わっているものであるらしく、状況に応じてほとんど直感的に行動パターンを変える。


また、何でもそつなくこなせる器用なタイプ、というわけでもない。

なぜならば彼らのパフォーマンスはモチベーションに大きく依存し、「気が進まない」ことには時間を割こうとしないからだ。

「やりたい」と思ったこと(そしてたいていの場合「やりたい」対象が幅広い)にまんべんなく手を出し、各分野で「そこそこの成果」を上げることは出来るが、

別に要領が良いわけではないので、本人が「やりたくない」ことをやらせても、アウトプットの質には期待できないのである。

以上を踏まえた「扱い方」


彼らは短時間にそこそこの成果を上げることを得意とする一方、長期的な戦略を立て、かけた時間に比例した成果を出すことが非常に苦手であり、これは生き方・体質レベルまでしみこんでいるために、意志によって調整することは非常に困難だ。


そこで彼らをうまく使うには、まず何より、目的を与えてやることが最重要事項となる。

彼らは目標が設定されないルーチンワークが死ぬほど嫌いである。そのため、なるべく短期的かつ具体的に、求める成果を明らかにしておく必要がある。なぜなら彼らは、ゴールを明らかにすることではじめて、必要な資源を検索し始めるからである。


また、彼らは全貌の見えない仕事がルーチンワークと同じくらい嫌いである。

今自分が何をしているのか、全体の中のどこに位置するのか、いまこの瞬間は一体どんな価値を生んでいるのか。これを知らないと不安に押しつぶされそうになる。

そこで、関わってもらうプロジェクトの全貌を包み隠さず知らせておき、場合によっては前述の短期目的を無視しても良いことを伝え、出来る限りの自由を与える。

そうすることで、指示を与える側には想像も出来ないような解決を、異世界から持ってきた価値をチューニングすることで実現してくれる可能性が高まる。


そして、彼らを一つの場所に留めておかないことも重要だ。

前述の通り彼らは「他人から見ると無関係に見えるバラバラなものごとを統合して扱い、各世界の経験を他の世界へ応用する」ことに長けている。

一方でコツコツと同じテーマに取り組むことを非常に苦手とするため、本能的に他の世界に顔を出すことを求め、バランスを保っている。

ここで「集中」させるために他の世界との交流を絶ってしまうと、バランスを崩し、「そこそこ」の結果すら出せない無能な人間に成り果てる。

彼らは自由であればあるほどその能力を発揮し、彼ら自身が好む世界において価値を生み出すことが出来るタイプなのである。

彼らの弱点と限界


以上のような能力を持つ彼らには、弱点とも言うべき、致命的な”限界”がある。


短時間に能力を発揮するスプリンターである彼らは、いわば「おいしいところ」だけを使って成果を出すため、逆に見れば泥にまみれてものごとをイチから経験していくスキルに欠けている。泥にまみれるスキルに欠けた人間は、いつも綺麗な上澄みだけを掬って、わかったように物事を語り、そして行う。

こうしたスタンスは、他人から、特に実際に「泥にまみれて」いる人間や、回り道して苦労を重ねてきた上の世代から、総攻撃を食らうことが多々ある。そういう人たちは「きわめて短時間にそこそこの成果を上げる」彼らの姿を見て、自分の生き方や人生を否定されたような気になり、プライドを守ろうとして必死に反論するのである。

「泥にまみれろよ」「若造が知った風な口をきくな」「そんなものは虚業だ」「やったこともないくせに」といった具合に…

これらの指摘に一面の正しさはあることは確かだが、上澄みを掬うスキルに特化した彼らに対して回り道を強要するのは、致命的な機会損失に他ならない*1。「きわめて短時間にそこそこの成果を上げる」彼らは、風当たりの強い人種でもあるのだ。


そして最後に、彼らの致命的な弱みは、いつまで経っても精神的な充足を得ることが出来ない所にある。

「自分にないものを求める」という人間の性質に漏れず、上澄みを掬うことが上手な彼らは、特定の世界において「選択と集中」を行ったプロフェッショナルにあこがれる。

あこがれつつも、プロフェッショナルとの間に超えられない壁があることもわかっているのが彼らという人間である。プロフェッショナルを横目に、多様な世界で「そこそこの成果」を残し、たまに「革新的な異分野融合」を成し遂げながら、生きて行く。

そうしてたくさんの世界に足跡を残しながらも、本人は永遠に「これでいい」と満足することなく、いつのまにか消えていくのである。


*1:逆に、「きわめて短時間にそこそこの成果を上げる」ことに優れたライバルの足を引っ張りたいときは、これらの批判を行うといい。政治的に正しいうえ他者の支援も受けやすいため、効果敵にライバルの強みを潰すことが出来る

"

「きわめて短時間にそこそこの成果を上げる人間」の取説とその弱点

http://d.hatena.ne.jp/Hash/touch/20090611/1244717057

"世界は、広い。

人は誰でもそのことを知っている。
そしていつも忘れてしまうのだ。

自分が見ている世界、自分のまわりの世界。
それがすべてではないのに、それについてばかり考えてしまう。

君は明日を想像できる?
それは自分の想像できる明日でしょう。
でも明日は自分の想像できる明日ではないかもしれないのだよ。
それを君はわかっていないのだ。

世界は広い。
人はたくさんいる。
いろんなことを考えている人がいる。
だから明日は自分が想像できる明日だけではない。

明日は自分でつくるものだし、今日と変わらない明日しかこないなら、それは世界が変わらないのではなく自分が変わらないのだ。

毎日がつまらないなら、自分から変わればいい。
世界はなまけてなんかいないよ。貴様がなまけているのだ。

世界は広い。本当に広い。
もっともっと目を開けて、自分のまわりを見る必要がある。"

JOJO広重 BLOG:せかい - livedoor Blog(ブログ) (via yellowblog)

(dita69から)

"

超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?
誰でも幸せに生きる方法のヒントだ
もっと力を抜いて楽になるんだ。
苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。

この世は空しいモンだ、
痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。
この世は変わり行くモンだ。
苦を楽に変える事だって出来る。
汚れることもありゃ背負い込む事だってある
だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。

この世がどれだけいい加減か分ったか?
苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。

見えてるものにこだわるな。
聞こえるものにしがみつくな。

味や香りなんて人それぞれだろ?
何のアテにもなりゃしない。

揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。
それが『無』ってやつさ。
生きてりゃ色々あるさ。
辛いモノを見ないようにするのは難しい。
でも、そんなもんその場に置いていけよ。

先の事は誰にも見えねぇ。
無理して照らそうとしなくていいのさ。
見えない事を愉しめばいいだろ。
それが生きてる実感ってヤツなんだよ。
正しく生きるのは確かに難しいかもな。
でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。

菩薩として生きるコツがあるんだ、苦しんで生きる必要なんてねえよ。
愉しんで生きる菩薩になれよ。
全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな
適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。

勘違いするなよ。
非情になれって言ってるんじゃねえ。
夢や空想や慈悲の心を忘れるな、
それができりゃ涅槃はどこにだってある。

生き方は何も変わらねえ、ただ受け止め方が変わるのさ。
心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。

この般若を覚えとけ。短い言葉だ。

意味なんて知らなくていい、細けぇことはいいんだよ。
苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。

嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、そういうモンなのさ。
今までの前置きは全部忘れても良いぜ。
でも、これだけは覚えとけ。

気が向いたら呟いてみろ。
心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。

いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?

『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』
『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』


心配すんな。大丈夫だ。

"

般若心経 新訳 (via ayart)

(tokyograciasから)

demandc:

Mac OS X Pon De Lion

demandc:

Mac OS X Pon De Lion

(matsudaから)

わたしは当事者でありたい 任天堂の社長、岩田聡さん


president

社長に学べ!<おとなの勉強は、終わらない。>

社会にでてからの勉強には、
答案用紙もないし、満点の答えもありえない……。
大きな生きた組織を動かしている経営者たちは、
そういう、誰も答えを知らないことや、
学校で教えてくれないことを、たくさん知っている!

よし、おとなの勉強をしてみよう。
いまの社会で指揮をとっている人たちから、
じかに学ばせてもらう連載の第2弾に登場するのは、
任天堂の社長、岩田聡さん(いわたさとるさん)です。

第15回 わたしは当事者でありたい。

成功を体験した集団を、

現状否定をして
改革すべきではないと思います。


その人たちは
善意でそれをずっとやってきて、
しかもそれで
成功してきている人たちなんですから、
現状否定では理解や共感はえられないんです。

世の中のありとあらゆる改革は
現状否定から入ってしまいがちですが、
そうするとすごく
アンハッピーになる人も
たくさんいると思うんです。

だって現状を作りあげるために、
たくさんの人が
善意と誠実な熱意で
やってきたわけでしょう?

不誠実なものについて
現状否定をするのはいいと思うんですけど、
誠実にやってきたアウトプットに対して
現状否定をすることだけは
「なし」だと思うんです。


わたしはいま、
任天堂がいまのこの環境なら
変わったほうがいいと思うことはあるけれども、
現状否定からは入りたくないし、
入るべきだとも思っていません。

たくさんのことを変えてもいるのですが、
否定したいから変えるのではありません。

「わたしがもしも昔の時代にいたら、
いま任天堂がやっているのと
おなじような方法をとったと思うよ。
でも、環境が変わったでしょう?
周囲が変わったでしょう?
ぼくらが変わらなかったらどうなる?
ゆっくり死ぬ道を選ぶ?
それとも、もっとたくさんの人が
未来にぼくらの作ったもので
よろこんでくれるようになる道を選ぶ?」

ということです。なるほどなぁ。
さっきの面談の話が、

そのまんま生きてきた考えですね!
面談をしてなかったら、わたしは、

「現状否定から入ったらダメだ」

ということがきっとわからなかったと思うんです。

なにに対しても
「いまの世の中には
ココが合っていないと思うから
ココは変わるべきです」
というメッセージしか
発せなかったと思います。

そのメッセージのほうが

際立って見えるから、
いいたくなってしまいますよね。放っておけば会社がつぶれるし、
変わらなければいけない理由は
目に見えているし……
という状態のときには
現状否定から入っても
誰もそれに反対しないんですけれども、

任天堂はもちろんそういう否定を
したいような状況ではありませんよね。

わたしは山内さん(前任社長)のことを
強く尊敬していますし、
「こんなにすさまじいことを、
自分はおなじようになしとげられるとは
到底思えない」
とすごい敬意を持って見ています。

ただ一方で、
この局面で自分が託されたからこそ
やらなければいけないことは
たくさんありまして。
ここで理解と共感を得るためには
微妙な舵取りが要ります。


ここがHAL研の社長に
なったときとのちがいです。
いい会社のいい時期に
社長をひきついだという……。それは、
ものすごいおおきなちがいですね。
それにしても、
きいていてほんとに思うんですけど、
岩田さんの考えの筋道そのものが
おもしろいなぁ。たぶん、わたしが
考えて実行してきたことのなかの
ごく一部であっても、
「ここを取りだしたら、
誰かがちょっぴり
役にたったりするかもしれない」

という要素がきっとあると思うんです。
糸井さんがかつて
わたしにそうしてくださったようにね。岩田さんは、
やっぱり、逃げなかったんですよね。

質問されたら答えるとか、
頼まれたら断るのか残るのか
はっきりさせるとか、
いちいちあらゆる問題から
逃げてこなかったのでしょう。


それが今日のお話のすべてを乗せる
お皿になっているような気がします。

たとえば「自分」を乗せないことなら、
誰でもいくらでも語ることができますよね。

世間のまちがったことについても
たのしいことについてでも、
なんでもいうことができますよ。
「あなたの立場としてどう?」
ということを抜かしたときには、
なにも考えなくても
噂話で会話をすることができるし、
一生それで生きていくことでさえできる……

だけどどこかのところで
自分の身をそのなかに投げてみるだとか、
「おまえはどうだ」ときかれたときに
逃げないで「わたしは」と答えることを
どれだけやったのかが
人生の濃さを決めているのかもしれないと
ぼくは思うんです。
そして、岩田さんはそういう人なんだと。それをちょっとちがう言葉で表現しますと、
わたしはきっと当事者になりたい人なんです。
あらゆることで
傍観者じゃなくて当事者になりたいんです。


だけどその一方で
当事者になるというのは
自分の利益のためではないんです。

誰かのお役にたったり、
誰かがよろこんでくれたり、
お客さんがうれしいと思ったり、
それはなんでもいいんですが、
当事者になれるチャンスがあるのに
それを見過ごして
「手を出せば状況がよくできるし、
なにかを足してあげられるけど、
たいへんになるからやめておこう」
と当事者にならないままでいるのは
わたしは嫌いというか、
そうしないで生きてきたんです。

そうしないで生きてきたことで、
たいへんにもなりましたけれども、
たくさんおもしろいことがありました。


「後悔したくないし、
力があるならそれをぜんぶ使おうよ」
という感じなんですね。「あそこであいつが
ああしたということが、
失敗の原因でしたね」
とか、どちらが利口かを
競争しあうようなことをしていても、
現代社会では生きていけちゃうけれども。ええ。

逆にわたしはそういう
批評家や評論家ではいたくないんです。ワイドショーを見ているときの
たのしさとおなじですよね。

それはある種のたのしさは
あるかもしれないけれども。まぁ、
リスクをとらないところには
達成感はないですから……
といってしまうと、
根はバクチ打ちなのかなぁ。
いや、生きるっていうことは、
きっと、バクチなんでしょう。
生物そのものが
賭博的に作られているのでしょう。遺伝子の結合はバクチですからね。ぼくはNHKの「地球大進化」という
シリーズが大好きなんですが、
あの番組って「負けが勝ち」という話なんです。

「勝っていたヤツは
変化によってぜんぶいなくなりましたが、
前に負けていたヤツが
ここにこっそり隠れていて、
次はそいつらの時代になりました。

ただ、そいつらも
すごくうまくいったんだけど、
また変化があってだめになっていって……」

という、その過程が
地球の生物の大進化なのだそうです。成功体験が
変化に順応できないというのは、
まさにそれなんですね。はい。
キリスト教が
「まずしい人はさいわいなり。
天国はあなたたちのものであろう」
というのも、それを
あらわしているのではないかと思いました。

負けは次の勝ちであり、
勝ちというのはその時点で
もう終わっているという……
やっぱりさっきのトライアンドエラーの話に
つながっていきますよね。

岩田さんの話はものすごくおもしろいし、
経済誌の取材なんかでいうと
「岩田社長、任天堂に入って
はじめてこんなにしゃべりました」
と任天堂の話をききたがるのでしょうけれども、
今回はそういうテーマにいかないで
終わりたいと思うんです。

第一部の試行錯誤に
岩田さんのすべての起点は
つまっていると思うし、
任天堂という会社については、
もちろん山内さんというものすごい人との
掛け算にしないと話のできないことでしょうし。ええ。そうですね。
わたしは糸井さんとは
ぜんぜん違う道をあゆんできて、
ぜんぜんちがう価値観で生きていて、
ぜんぜんちがうタイプなんですけど、
前々から妙に
いろんなところで共振するんです。そうなんですよね。

そのことがまた、これからなにかになるのを
たのしみにしていましょうか。はい。
糸井さん、どうもありがとうございました。岩田さん、ありがとうございました!

(「社長に学べ!」第2弾は、おわりです。
ご愛読をどうもありがとうございました)

2005-03-22-TUE

"

小手先のテクニックなんかより、知りたいという情熱が圧倒的に勝る

"

僕が2年間半以上貫いてきた英語リーディング学習法 | rokA (via mcafee-x6)

(dita69から)

twittermeigen:

YMGCUG
twittermeigen:

urbansea
twittermeigen:

builtdemarlue
twittermeigen:

wooser
twittermeigen:

7KI

日本文化は身内受けの凝り性文化だそう。

OLだった頃、会社で働いていた日本に超詳しいベルギー人が言ったことに納得してた。 
日本文化は身内受けの凝り性文化だそう。 
外国文化に負けまいとしているのではなく、 
世に意図的にインパクトを与えようとしているのでもなく、 
今ここにいる同じ価値観を共有する仲間からの喝采を浴びたいと考える。 
その結果、同じものを志す者同士の「これすごいだろ、おもしろいだろ」合戦が始まり、 
そこで生み出される物が自然と研ぎ澄まされていく。 
でもその競争は、敵対的なものではなく、お互いを尊敬しあいながら、静かに深く進行していく。 

そしてある日、偶然目撃した異文化出身の人間(外国人)から、 
それがすごいものであることを知らされる。 
ほとんどの日本人はその日が来るまで、自分たちが作り上げた物がすごいものとは知らない。 
もろもろの伝統文化、芸能、電化製品、アニメ、他、みんな同じパターンで世界に広まっていった。 
だから、日本がここまで発展してきたのも必然的なものだし、 
この精神が衰えない限り、これからも日本は誰に頼まれることもなく、 
知らないうちに勝手に世界にインパクトを与え続けていくだろうと。 

(出典: mudainodqnment.blog35.fc2.com)

クイズの時間だ

ある大学でこんな授業があったという。  
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。 
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。 
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。 
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。 
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。 
そしてもう一度聞いた。 
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。 
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。 

教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。 
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。 
「この壺はこれでいっぱいになったか?」 学生は声を揃えて、「いや」と答えた。 
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。 
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」 

一人の学生が手を挙げた。「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、 
いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」「それは違う」と教授は言った。 

「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、 
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」 
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。 
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。 
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。 
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。 
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、 
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。 
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう。 

(出典: mudainodqnment.blog35.fc2.com)

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

「今日ひとりで海を見てきたよ。」

そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32

一言付言する。

歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校
校長 渡辺憲司
quated from http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

(出典: niiza.rikkyo.ac.jp)

「フィールドワーク(field work)」とは「野外あるいは実験室外の作業・仕事・研究。現場または現地での探訪・採集」(『広辞苑』より)のことで、文化人類学、民族学、民俗学、社会学などの分野でよく目にする言葉である。共通するのは、研究対象とする野外での活動から何かを得ようとすることだ。今ではフィールドワークという言葉は、その目的が調査、研究ということだけではなく、「野外観察」「校外学習」など野外活動、野外学習と言う意味においても使われるようになっている。ここではフィールドワークを野外に出かけ、その場に存在するモノやコトを調べる活動と言う意味で捉えることとする。

活動の場としてのフィールドはどこでもよいと思うが、地域への歴史的な興味関心を育むためにはどのような活動が必要であるのか、との視点から、まずは、生活圏、居住地域や勤務地など、フィールドワークを行う人がなんらかの関わりがある場所、しかも日常的に目にしている場所、ごく身近な近所をフィールド(活動の場)として考えてみたいと思う。その場に生活している人々が何も気づかない、知らない、関心が薄れてしまっている普段見慣れた風景に潜むモノやコトを対象にして考えてみたい。地域への歴史的な興味関心が育まれるためには、野外にでかけ、五感を使ってその場で体験し、もっと知りたい、調べたいという気持ちへとつながる原体験となるような機会がたくさんあるほうがいいであろうし、その方法としてフィールドワークは有効であると思う。場からモノやコトを取り出し、つむぎだす行為としてのフィールドワークはとても魅力にあふれていると思うからである。

フィールドは宝ものでいっぱい

フィールドにはその地で暮らす人々によってかたちづくられてきた景観、歴史や文化、そして動植物などあらゆるものが存在している。視点やテーマをどのように持ってアプローチするのか、フィールドに集積しているモノやコト、そこにあるすべてのものをフィールドワークは対象とすることができる。それらは場から切り取られたモノではない。そこに暮らす人々とのかかわり、周辺環境との関係など、様々な背景とともに、今もその場所に存在している。それらは私たちと同じ時の流れの中、同じ時代を過ごしているモノやコトである。観察する、調べると言う活動を前提に、考え方、視点の持ち方を変えることで、なんとなく眺めていた景観が、宝の山に見えてくる。フィールドは、あらゆる意味において宝の山である。フィールドワークは気づいていなかったことに気づかせてくれたり、モノやコトへの興味関心を高めてくれる。自分が暮らす地域への親近感も生まれるであろう。自分の足で歩いて行くことにより、車の移動では決して感じられないことを感じることができ、様々な発見がある。メディア漬けの環境に慣れてしまった現代人には、身体感覚が蘇り、フィールドを歩くだけで普段使わない感覚を使うことになる。お手軽な運動にもなり、健康のためにもよいであろう。
さて、フィールドへ出かけるに際しては、自然観察は別として、遺跡や遺構、露頭を訪ねるなど、地形や空間を把握する場合、特に山里や山間部など自然が豊かな場所の場合には、冬期に行うと都合がよい。夏には緑で被われ、鬱蒼としていたところでも、冬であれば植物も枯れて地肌を現しているからである。対象にもよるが、春夏に調査を行う場合には、場所によっては鎌どころか鋸まで必要になることもある。誰かを案内する場合には、事前に案内ポイントの草を刈っておく必要も出てくる。同じポイントに夏季と冬季に訪れてみると、落葉樹が多いところでは風景も大きく変化しており、対象や地形の見え方の変化のみならず、意外な表情に出会うことがあり、思いもよらない発見につながる場合もある。

身近な場所で歴史を感じること

身近な生活空間の中で何かを体験する、ということはとても重要なことであると思う。その体験は時間の流れを感じとる一つの目盛りとして記憶されるはずである。ある時点で目にした情景が変化することに気づくことの大切さ。無意識に観察する目、関心を持って眺める目を持つ、ということの大切さ。モノやコトはフィールドにあり、当然、人々との関係の中で存在して来たものであり、人々との関係の中で語られるべきである。時計が刻む時間とは異なる、時の流れを感じること。以前の状況と今との違い。ちょっと「むかし」を感じる大切さ。いきなり何百年、何千年もさかのぼる必要はない。たとえば昭和という時代は、平成生まれの子どもたちには「自分が生まれる前の時代」である。どんな時代だったのか、という興味関心は既に歴史的な興味関心であるといえる。平成生まれの人間が昭和という時代に対して向けるまなざし。50年という歳月は、人類の歴史と比べずとも、西暦で考えてみても短いし、つい最近の事のように感じられる。それはその時代を実際に生き、経験した人が存在しており、その人達からなんらかの影響を受けているからであり、時代の記憶のようなものを伝達されているからであろう。フィールドも時代とともに変化して来た。その場に存在するモノやコトも伝達されて行かなければそこに暮らす人々とのつながりは薄れて行ってしまう。現在、フィールドからうかがい知れるものは、過去の一部であるが、フィールドワークを通して、時間の経過を感じ、歴史を感じ意識すること、過去とのつながりが見えてくるようにはできないだろうか、未来が見えてくるようにできないだろうか。

歴史の流れを意識すること

歴史は遠い存在ではない。むしろ多くの人々に親しまれている。しかしそれは身近な地域の歴史ではない。テレビなどの影響もあり、一般的にもっとも親しみを持たれている時代は江戸時代なのかも知れない。徳川三百年。江戸時代を一言でくくって語られるが、当然のことながら268年間、人々は同じように暮らしていたわけではないし、衣食住の外見からは解らない意識の変化というものもあっただろう。そう理解していても、想起されるイメージは一様なものである。仮に、脳裏に焼き付いているステレオタイプの江戸時代のイメージを破壊するため、江戸時代を初期と後期、はじめと終わりとに分けて考えただけでも大きな違いがあることがわかる。戦国時代のきな臭さを引きずる幕府草創期。西洋文明を庶民までが目の当たりにした幕末動乱の頃。このような一つの時代における違いは63年と数ヶ月続いた昭和という時代にも言えることである。大ヒットを放った映画に象徴されるように、既に“昭和時代劇”は様々にかたちづくられている。今後、昭和に対してのイメージは、戦争に関するもの、戦後復興と高度経済成長とに集約されてしまうかもしれない。さらにつけ加えれば、経済成長の落とし子としての環境問題だろうか。今のところ平成は「バブル経済の光と影」「官から民へ」というテーマでくくられて語られるのかもしれない。しかし、昭和に生まれ“昭和時代”を何十年も生きて来た人にとっては、昭和時代と言うものはそんなに単純な営みの連なりから出来ているものではないということは自明のことである。何よりも自分の生活の中にたくさんの変化があったし、今とは違う体験、今では見られなくなった、モノやコトについて語ることが出来るはずだ。このような視点に立つ時、私たちの歴史への関心、もっと言えば歴史的事物へのまなざしに変化はあらわれないであろうか。時代劇や一つの時代の中における違いどころではない、もっと親しみのあるコトやモノの発見と共感。ほんとうは最もリアルな、身近に感じられる歴史がすぐ近くに存在しているのである。

こんな夢を見た

(「先生」とみんなが呼んでいる人に連れられて、クラスメイトといっしょに学校のすぐ近くを歩いている。青い空の下、やわらかな日差しがふりそそいでいる。「先生」が学校の先生なのか、博物館の人なのか、この辺に住んでいるおじさんなのかはわからない。そんなことはどうでもいい。とにかくこのおじさんについて行くと何か楽しいことがありそうだ)
「さあ、これからみんなをおもしろい所に連れて行こう」(住宅地の舗装道路からはずれ、山沿いのでこぼこ道へと入って行く。)「みんなが今歩いているこの道は何だろう。何の道だと思う」「山道!」「林道!」「そう、確かに山に向かってのびている。コンクリートの道じゃない。林の中を通っているね。実はみんなが歩いているこの道はむかしの街道で、このあたりにはこの道しか通っていなかったんだ」「向こう側を見てごらん。今ちょうどバスが走っているのが見えるね。みんながいつも通っている学校の前の道路は車が走るようになってから造られた新しい道なんだ。今では使われなくなってしまったこの道、今みんなが歩いている川沿いのこの細い道が、むかしの道なんだね。車が走り出す前、何百年も使われて来た道なんだ。この道を何千、何万、数えきれない程たくさんの人が通り過ぎて行った」「ちょっと自分の足もとをよく見てごらん。ほら、そこ、北条君の靴の下、むかしの人の足跡が残っているだろう」(みんな足もとを見てにやりと笑う)「今の道路と違って道幅は狭いし、でこぼこだね。これでもむかしは人や馬、荷車が通るには充分だった。車も自転車も無かった時代、どこかに行くには自分の足で歩いて行った。むかしはデパートやコンビニなんてなかったから、街の市場まで出かけるには、日が昇る前に家を出て、日が暮れるころに帰って来るということは、このあたりに住む人たちにとって、当たり前のことだったんだ」

「さて、川上に向かってちょっと歩いて行ってみようか」(山の中に入って行くにつれてだんだん鬱蒼として、薄暗くなって来る)「先生、もう疲れたよ。どこまで行くの」「もうちょっとがんばって奥まで歩いてみよう。おもしろいものがあるから」「川の音が聞こえてきたね。そこの木の上のほうに実が成っているのが見えるかい。何の実だろう」「あっ、クルミだ」「そう、よく知っているね」「クルミはあんなふうに、ぶどうみたいになっている。みんなが普段食べているクルミの実は、まわりの緑色の部分が腐った中の種の部分を食べているんだよ」

「はい、ちょっとみんな止まって。ここでまわりを見渡してごらん。何があるかな。見つけた人」「先生、草むらの中になんか建ってるよ」「草むらの中に石の塔があります」「お墓?」「なんだろう」(子どもたちは石の塔に近づいて行く。しかし先生は近づかない。離れたところに立っている)「先生、なんか字が書いてあるよ」「なんて書いてあるかな」「にじゅうさん」「よる、なんとか」「にじゅうさんや」「そうだね、二十三夜塔と書いてあるね」「これは何の塔だろうね」「先生、十五夜なんじゃないんですか」「そう、みんなが知ってるものに十五夜があるね」「十五夜の日にはみんなの家では何をするのかな」「月見!」「ススキを採ってきて飾ります」「月見とだんご」「そうだね」「十五夜の日に家でお月見をしたり、お団子を食べたり、何かしている人、手をあげてみて」(子どもたち、まわりをみまわしながら手をあげる)「なるほど。十五夜の日にみんなの家でお月さまを見ながらお団子を食べたりするのと同じように、むかしは月待ちと言って、二十三夜の日にみんなで集まってご飯を食べたり、お酒を飲んだりしながら月を拝む行事があったんだ。集まる仲間を講と言って、その講の人たちが建てたものがこの二十三夜塔なんだね」「むかしの人は月を仏様として拝んでいて、十五夜は大日如来、二十三夜は勢至菩薩として拝まれていた。今度、自分の家のまわりにどんな石塔があるのか探してごらん。そして近くに住む人たち、おじいさんやおばあさんにいろいろなことを尋ねてごらん。きっとおもしろい話をしてくれるはずだから」「先生、二十三夜ってなんですか」「そうだな・・・、月が見えない時を新月と言って、新月から三日月になってだんだん見える部分が増えて来て、23日目、東の空に月が出たときに月の下半分が見える、下弦の月と呼ばれる時が二十三夜。弓の弦の部分が上なのに下弦と呼ばれるのは、月が西の空に沈む時の姿をさして呼んでいるからなんだ。毎晩月がどこに出ているか探してごらん。月が出る時間や月の形がどんどん変わって行くから」「先生、何だか難しくてよくわかりません」「そうか。ちょっと説明が難しかったかな。いや、実は先生も宇宙のことはよく知らないんだよ。今度の十五夜が来るまでにはみんながわかるようにしておくよ」「先生、お月様の話、楽しみにしています」

「さてと、この二十三夜塔なんだけど、実はここでお化けが出た、という話が伝わっている」「え~」「うそ~」「どんなお化けですか」(子どもたちは、顔を見合わせてそれぞれ驚きの声を上げている)「この近くに住む大石さんの家のおじいさんが、子どもの頃におじいさんから聞いたお話しが残っている」「まだ電気がない頃、今みたいに街灯も懐中電灯もない時代、夜道を歩くのに、提灯を手にさげて歩いていた頃の話だ」「提灯って何ですか」「お祭りや盆踊りの時に通りにたくさん吊してあるのを見たことないかな。今のは中が電球だけれど、あの電球の替わりに中に蝋燭が立っているものと思えばいい」「ああ、お店の名前とかが書いてある、紙で出来たぼんぼりみたいなもののことですね」「そう、竹の骨組みに和紙を貼ってあり、じゃばらになっているから、使わない時には、たたむこともできるようになっている。今の懐中電灯だね」「さて、おじいさんのお話だと、何代も前の先祖の勘兵衛さんが、いつものように街から帰ってくる途中、この場所にさしかかったとき、二十三夜塔の前に人がしゃがんでいるのを見つけた。ちょうどあのカーブを曲がったところで気づいたらしい」(みんな先生が指さす方向にさっと視線を向ける)「日も沈んで真っ暗なのに、その日はなぜか人がしゃがんでいることが遠くからわかったそうだ。亥の刻だったと言うから午後10時頃だね。こんな夜更けに何をしているんだろうと思って、勘兵衛さんは提灯をかざしながら近づいて行ったそうだ」「近づいて行くと、しくしく鳴き声が聞こえて来る。不思議に思ってさらに近づくと、小さな男の子がこの二十三夜塔の前にしゃがんで泣いていたそうだ。こんな夜更けに子ども一人でどうしたんだろう、と男の子に提灯をかざした。『ぼうや、どうしたんだい。こんな夜更けに一人で泣いてい・・・』言葉をかけると男の子がふっと振り向いた。ぼおっと白く見える顔には目も鼻も口もなかったそうだ。勘兵衛さんはぎゃーと大声を上げて提灯を放り出し、この道を一目散に家を目指して走ったそうだ」「きっとのっぺらぼうだ」「先生、のっぺらぼうでしょう」「そう、のっぺらぼうだ。のっぺらぼうは・・・、ちょうど今、油井君がいるところにしゃがんでいた・・・」「ぎゃー」(子どもたちは一斉に二十三夜塔から飛び退き、と同時に顔を見合わせて笑いだした)

過去、現在、未来を感じること

歴史と現代に暮らす自分とのなんらかの接点、つながっているのだ、ということが感じられた時、日々の暮らしや時の流れに対して、さらには自分の人生についての考え方、意識に変化があらわれるのかもしれない。フィールドワークはその機会を与えてくれるように思える。自分の暮らしを基点にしてひろがる世界、周辺地域への興味関心のさざなみ。小さなさざ波はやがて自ずと自らが住むまち、そして地域へとひろがり、さらには現在から過去、そして未来へとひろがって行くことであろう。